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>祥琳先生
>後日、その方の嫌いな人と同じ名前だと知ったときに、急に嫌気がさして
ありますよね、それ。そのことについてはよく考えたんです。今は良くても、これから出会う人に法名と同じ文字を含んだウマの合わない人が現れるかもしれない。だからなるべく人名に使われないような漢字を…と思ってました。
>自分が付けた名なら納得度は高いのでしょうか?
確かにそうなんですよね。そこを突かれるとキビシイ部分はあります。ならいっそのこと菩提寺の住職(熱血漢)に全てお任せしようかという気にも時々なります。
パソコンソフトはこれです。
http://www.danka.jp/
ところで、先生の法名って「考祥」なんですか? 「祥琳」だと思ってましたf(^^;)
>もの知らず様
「易・占い」のことは私も考えました。だからこれはダメなのかな…とも思っていました。「道」もやっぱり聖道門のにおいが確かにしますよね。
「信頼できるお坊さん」に関しては、幸い恵まれております。祥琳先生もそうですが、実家の菩提寺の住職がこれまた地元では熱血漢で有名な人で、厳しい部分もありますが信頼してます(中学1年の時に祖父の葬儀をやってくれたのがこの住職でなければ、こんなに仏教に興味を持たなかったかもしれません)。ただ、何年に一度か法事の時に顔を合わすだけでそこまで私のことを深く御存知というわけでもないので、ちょっとその点に不安があるのです。
「道龍」とはお察しの通り、北畠道龍さんのことです。私は道龍さんの本願寺改革案を見て激しい同感を覚え、感動したものですが(しかも明如上人の信頼をあれだけ得た方ですし)、やはりあれだけのダイナミックな改革を企画した人ですから反対の人も多いんですね。もし差し支えなければ、こちらの勉強のために「もってのほか」という御意見をまた聞かせて頂けますか?
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