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>残念ながら、私は森羅万象に阿弥陀如来の大悲を感じ取るというレベルにはほど遠いようです。
わたしはこの「大悲」という言葉には少なからず拒絶反応があります。
真宗の会合では「恩徳讃」を唱和させられます。この「させられます」なのですが・・・、あの「♪にょ〜らい大悲の恩徳はぁ〜・・・」。わたしは別に阿弥陀如来大悲の徳を感じたことはないのです。ましてや師主知識などにもめぐりあっていません。
しかるに「身を粉にしても・・・」「骨をくだきても・・・」など、阿弥陀如来の前で大嘘をついているようでとても歌えないのです。わたしにとっての「恩徳讃」は結婚式の教会で賛美歌を歌わされるより辛いことです。
ですから真宗の会合で「恩徳讃」は止めていただきたいと思うのです。それから・・・・「三帰依」・・・あれもなんだかキリスト教のミサのようで抵抗があります。なんかこう・・・「自ら僧に帰依したてまつる・・・」の次に「アーメン」と言いたくなる衝動にかられます。
おまけに「真宗宗歌」などをオルガンの伴奏で歌わされたりしたら、まるでキリスト教の礼拝に出席しているようで落ち着きをなくしてしまいます。
なんともキリスト教に迎合しているような・・・、大谷派はいつからこんなことになってしまったのか・・・・。わたしはこの抵抗感で自然と真宗の会合から足が遠のいています。やっぱりわたしは「おちこぼれ」です。
下の絵は、背景以外はやっぱりフォントの組み合わせだけで作りました。
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